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競艇場情報

競艇の歴史(発祥~昭和)



競艇(ボートレース)は、日本発祥の公営競技として、第2次世界大戦後の戦後復興を担うため、地方財政の充足を目的に普及してきました。

昭和における競艇の歴史

昭和における競艇の歴史

1951年に「モーターボート競走法」が可決され、公営競技として競艇が生まれました。これは、地域経済の活性化から戦災の復興を支援することと、庶民の娯楽を目的としており、世界で初めて競艇が公営競技になったのです。

モーターボート競走法

1951年に議員立法として提出され、時限法として公布された「モーターボート競走法」は、1962年に恒久化されました。これにより、競艇が廃止されるリスクが無くなり、各競艇場(ボートレース場)に設備投資を進める流れができました。

「モーターボート競走法」は「競艇法」とも呼ばれ、日本国内における競艇の開催や、競艇場毎の開催回数など、競艇に関する様々な規定が定められています。

また、未成年が勝舟投票券を購入したり、譲り受けたりすることができません。2007年4月1日以前は、成人学生も購入が禁止されていました。

競艇の初開催

記念すべき競艇の初開催は、1952年4月6日に長崎県大村市で行なわれました。波の穏やかな大村湾は、競艇の開催に適しているとして、地元の関係者が積極的に誘致活動を行なった結果、開催場所に選ばれました。戦災の影響が色濃く残る大村市では、公営ギャンブルの財政再建効果を求める声が多くあったことも、誘致の後押しとなりました。

東京オリンピックによって変わった競艇の世界

1964年に開催された東京オリンピックは、競艇選手(ボートレーサー)にも大きな変化をもたらしました。新幹線が整備され、交通インフラが整えられたことにより、選手の移動時間が短縮されました。全国を転戦する選手にとって、東京オリンピックを機に地方間の移動が容易になったのは、特筆すべき変化だったと言えます。

好景気に支えられた競艇

昭和40~50年代の競艇は、好景気にも支えられ、多くの収益を上げました。それらの収益は、地方自治体の財源として利用されただけではなく、競艇場の設備投資にも使用されました。

1980年代からの業績停滞

1980年代に入ると、それまで右肩上がりだった競艇の業績が停滞し、下降し始めました。これは、社会が豊かになり、娯楽が多様化したためと言われています。